2011年03月27日

動物園に行ってきた

今日は非常にいい天気だった。
昨日は風が強くて寒かったけど、今日は幾分風も穏やかで暖かかった。

昨日嫁さんが動物園の割引券を出してきたので、今日行くことにした。

とよくよく考えたら動物園は震災の影響を受けて営業していないかと思い
パソコンで調べてみた。

すると「3/26,27は臨時営業します」と書いてあり、一瞬臨時休業と勘違いした。
よく読んで、なんだやってるじゃんということで行くことになった。
しかも半額だとのこと。割引券意味なし。

車を停めて入口にいくと、いつもは券売機で入場券を買うのだが、
今日は全て窓口で対応。半額だからね。

中に入ってまずゾウのところに行った。
いつもは遠くの方でお尻を向けているのだが、今日は飼育員の人が誘導して近くに来ていた。

近くで飼育員の方が募金活動したり、ゾウと記念撮影するのに対応してくれていた。

なんかいつもの雰囲気と違うなー、と思いつつフラミンゴのいる方に歩いていくと
急に工事中のような柵が出来ていた。

よく読むと鳥インフルエンザの影響で鳥類の場所が完全に封鎖されているそうだ。


しかたないので、子供どうぶつえんという、動物と触れ合えるエリアをめざした。
入口付近で人だかりが出来ていた。

やはりここも閉まっていて、特別に入口のところでハツカネズミと天竺ネズミに
触れ合えるよう飼育員が対応していたのだ。


ひーちゃんも天竺ネズミを抱っこしました。
動物園2

それ以外にもレッサーパンダの着ぐるみが記念撮影をしたりしていた。
動物園のスタッフの方々が少しでも楽しんでもらおうと頑張っているのが伝わってきた。

見れるところは少なかったけど、おかげで非常に楽しかった。


キリンが優雅に歩いてた。
動物園1

また行きましょう。



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ラベル:動物園
posted by ひーちゃんパパ at 22:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 3歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

勝手に寝る

スマートフォンからの投稿練習を兼ねて書きます。

ひーちゃんは寝るときは添い寝いらずです。

ゆっちゃんは小さいときは、毎日毎日寝るまで横に添い寝していないと
ダメな子だった。

それに比べると非常に楽。
布団まで連れて行って、布団をかけてあげる。

すると「Have a good night!」と言い、寝る体勢に入ります。

しばらくはキャッキャ言ってるが、そのうちスースー寝ている。

時には自分で布団に入っていって勝手に寝ることさえある。

という訳で今しまじろうとうさもものぬいぐるみと寝てます。
明日もたくさん遊びましょう!

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posted by ひーちゃんパパ at 22:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 3歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スマートフォン買いました

年度末で仕事はそこそこ忙しい。

先週までは震災の件でバタバタしていた感じだったけど、
今週末にかけては色々と少しずつ通常に戻りつつある。


全然関係ありませんが、この度スマートフォンに機種変更しました。
これでブログのチェックも出来るし、記事もかける。

仕事柄周りの人たちはこの手のガジェットに関して反応が早い。
当然ながらスマートフォンを持っている人がかなり多い。

あー、これでやっと話題についていける。


しかし、まだ文字打つのに四苦八苦しているので頑張って慣れます。


Xperia arc


そろそろひーちゃんのことも書かなくては。


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ラベル:携帯
posted by ひーちゃんパパ at 00:27| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

東北地方太平洋沖地震について(4)

日が経つにつれて地震の惨状が明らかとなり、被害の大きさに言葉が出ない。
地元を襲った災害に胸が痛むばかりだ。

子供の頃、母親に連れられて行った海水浴場も、父親に連れられて行った港も
全て津波に流されてしまった。
中学生の時、部活が終わった後に行って飛び込んだ海岸も全て跡形もなく消えてしまった。

うちの実家は海岸からも少し離れており、津波からは難を逃れた。
しかし原発の問題があり、いつ戻れるのかは定かではない。


色々あって那須にいたが、昨日新幹線に乗って東京に来た。
東京駅に迎えに行ったが、二人とも思いのほか元気そうな顔で歩いてきた。

ほんとに着の身着のまま出てきたようで、二人とも大きな紙袋に荷物を入れていた。


こちらにいる間は東京の姉の家にいることになった。
在来線に乗り換えて姉の家に向かっていたら、さすがにオヤジが疲れているのが分かった。

近くの駅まで義兄が車で迎えに来てくれた。
姉の家に着くとさすがにホッとしたようで、少し元気になったと思う。

とりあえず先の事は考えず体と心を休めて欲しいと思う。

原発の問題が片付かないことには先の見通しが立たないのだ。
例え原発が冷却されて制御されるようになっても、それで解決するわけではないのだ。

課題は山積みだ。
今は何が課題なのか分かってすらいない状態だ。



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ラベル:地震
posted by ひーちゃんパパ at 21:29| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

東北地方太平洋沖地震について(3)

今日は仕事に行ってきた。

朝は電車がなんとか動いてくれていた。
乗ったはいいけどやはり本数が少ないので非常に混んでいた。
でも普段の日の人身事故が起きたときぐらいの混み具合だった。

会社にはほとんどの人が出勤してきていた。
東電の計画停電の影響でお客さんや関連会社からの問い合わせが多く、
また被災地の被害状況も色々と情報が飛び交っていた。

ひどいところではお客さんのデータセンタが全壊しているなど
致命的な打撃を受けているようだった。

東京から支援チームが車で北を目指しているという話もあり、
それは中越地震の時と同じだ。
食料、水、ガソリン、全てにおいて不足しているとのことだった。

東北地方の拠点でもおそらく被災したであろう人たちが
出動して仕事をしているとのことだった。


今日の夕方になってやっとうちの両親の居場所が分かった。
場所は那須。

やはりそのお宅も避難勧告が出て、知人と一緒に車で避難したとのこと。
ガソリンはもうほとんどないとのことで、なんとかたどり着いたということ。
ただ那須はライフラインが無事で、食料もなんとかなっているとのこと。

那須では携帯電話も通じて、先程直接話をすることができた。
声も思いのほか元気そうで安心した。

ただずっと慌ただしく移動してきたのですごく疲れたと言っていた。
地震の直後以来やっと直接話せたので、地震からの経緯が分かった。

3/11(金)地震が発生してから家に帰って電話が通じた、ということろまでは前述の通り。
その日は家で普通に過ごしてニュースを見て動揺しつつもその日は寝たそうだ。

3/12(土)朝起きて普通に仕事に行こうとしたら、町の防災無線がなり避難命令が出たそうだ。
慌ててそのまま家を飛び出し、山の方に向かって避難したそうだ。
そのまま山間部にある中学校の避難所にお世話になった。
しかし、そこには食料も物資も何も来ず、ひどい状態で一晩過ごした。

3/13(日)避難所の近隣の知人の家にお世話になることになり移動。
そこでは食べるものも出していただき、とてもよくしてもらったそうだ。

3/14(月)原発から20km圏外である知人の家も避難勧告が出て、福島市内に知人と一緒に避難。
しかし福島市内の避難所も間もなく避難勧告が出るとのことで断られたそうだ。
そのまま那須に移動することになった。


とりあえず無事に移動してくれていて安心した。
ガソリンと食料だけが心配だったので、よくたどり着いてくれたと思う。

東北新幹線が今日から東京-那須塩原間が運行し始めたので、
姉の家かうちに身を寄せることになると思う。

電話口でふとおやじがつぶやいた。
「いつあそこに戻れるかわからない。いや、もう戻れないかもしれない。」
「でも時間がかかっても、細々とやっていくしかないな。」


この数日間とても慌ただしく色んなことが起こった。
ただそれを経て今の率直な思いが口をついたのだろうと思う。



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ラベル:地震
posted by ひーちゃんパパ at 22:16| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

東北地方太平洋沖地震について(2)

その後の状況アップします。

今朝は出勤に備えていつもどおりの時間に起きました。
しかしテレビ等ではJRが一部路線のみしか運行予定がなく、
会社まで到達できそうにない状況。
(そもそも自分のところの駅から出れない)

上司と連絡がとれるも「自宅待機するしかないね」との返答。
しばらくして会社から「出勤手段がないものは自宅待機とする」との連絡あり。
という訳でおとなしく家にいることにしました。

家のすぐ近くのコンビニに行くと中は弁当、惣菜、パンはほぼ全滅。
お菓子、水以外の飲み物はなんとか売ってますといった感じ。
当然ながら流通もマヒしているため、入荷していないと思われる。

今朝になり、仙台の学生時代の友人からメールが入った。
自宅の被害が大きく実家に身を寄せているそうだが、とにかく家族は無事とのこと。
よかった。

その後、仙台の親戚からも電話が入った。
やっと水道以外のライフラインが復旧したとのことで連絡できたという。
うちの両親と連絡が取れないため、原発のニュースを見て心配になり連絡してきたという。

姉のところにうちの両親から電話があり、福島市内ではなく町内の山間部の
知り合いの家にお世話になっていることが分かった。
とりあえず原発の20km圏外にいることが分かり、少し安心した。

しかしその後、その家も避難範囲になったとのことで、みんなで移動いていると
連絡が入ったとのこと。

そもそもガソリンがもつのか、それすらわからない。
うちの近所でさえガソリン、食料が入手困難な状態で本当に移動できるのか不安だ。

とにかく詳しい現地の状況がわからない状態なので何とも言えない。
原発に関しては避難区域が広がったという報道がないので、ものすごく心配している。

明日はどうなるのだろう。
正直仕事のことなんてあまり考えられない。



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ラベル:地震
posted by ひーちゃんパパ at 18:53| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

東北地方太平洋沖地震について

ここのところ忙しくて更新できていませんでした。

こんな時ですが、記録として記事を書きたいと思います。
長文です。


まずはご報告。
家族全員無事です。
子供たちも元気です。

我が家の場所は今のところライフラインも全て供給されている状態です。

■地震発生■
地震の際は会社にいました。
決して高層ではないビルの4Fのオフィスで仕事をしていました。

誰かが「地震だ!」と言った次の瞬間、強い揺れが発生。
最初は下から突き上げるような縦揺れが来て、その後大きく横に揺れました。

自分の席は窓際の島で、ガラスにかかっているブラインドがガッシャンガッシャンと
音を立ててガラスにぶつかり、今にも割れそうな状態でした。

かなり長い時間揺れがあり、女性社員の悲鳴などみんなパニック状態でした。
自分は結構落ち着いていたのですが、それでも2回目の大きな揺れの時には
さすがに怖いと思いました。
おそらく数分間は揺れていたと思う。

会社の外に出ると社員がたくさん外に出ていました。
携帯のワンセグでニュースを見ると、お台場で火事が起きている等の
情報が出ていたがかなり錯綜しているようでした。

■帰宅指令■
ちょうど仕事でお客さん宛にメールを書いていた途中だったので、
オフィスに戻ってメールを出しました。
当然メールに返事はありません。

16時半頃、総務の人がオフィスを巡回して、「帰宅できる人はもう帰宅してください。」と
行って回っていました。

とは言っても鉄道はすべてストップしている状況なので、「帰りようがねぇよ」と
みんな困惑していました。

自分は家が遠いので、となりの駅に住む同僚の人と相談して会社にとどまろうと決断しました。
自宅まで20kmぐらいある人でも歩いて帰ると行って会社を出ていきました。

その日は帰らないと決めたので、まずは腹ごしらえということで食料を調達しました。
会社のビルにはカップラーメンやパンが売っている自販機があったので、
行ってみるとまだ残っていたので買いました。

しかしその後コンビニに行くと大行列が出来ていて陳列棚はスッカラカンの状態で、
店員が一部の商品を品出ししていましたが、それを次々をかすめ取られる状態でした。

■安否確認■
地震発生後から電話はつながらない状態が続いており、携帯電話は全滅。
自宅にも連絡がとれませんでした。

そこでビルの1Fにある公衆電話に行き電話をしようとしましたがテレカ専用。
慌ててオフィスに戻り同僚でテレカを持っている人を探して借りました。

公衆電話から電話すると嫁さんが出て子供たちもみんな無事を確認できました。
しかし両親の会社に電話しても不通。まったく繋がらない状態。

オフィスに戻ってからしばらくして実家に電話したところ、やっと呼出音が鳴り出して
おふくろが電話に出ました。

やはり会社で仕事をしていたところで地震が来たそうで立っていられなかったとのこと。
会社の敷地に地割れが出来たとこをしきりに説明していたが、それよりもケガがないか確認した。
おやじもおふくろもケガはないけど、怖いので自宅に戻ったとのこと。

原発も近いのでテレビをつけっぱなしにしてニュースを見ておくようにと伝えた。

■会社の夜■
会社には仕事をしなければいけない人、そして帰宅難民が多数いた。
やはり食べ物が買えてない人や周囲の飲食店で食べてきた人など色々であった。

近くの大型薬局は人が殺到して対応できていないようで強制的に店を閉店するようだった。

比較的家が近い総務の若い人が近隣のスーパーや自宅近くのスーパー、コンビニを回って
スポーツバック、買い物袋いっぱいに荷物を抱えて帰ってきた。
そして社員にカップラーメン、おにぎりを配って回っていた。
ほんとに頭が下がる。

深夜になると徐々にみんな疲れが見えてきて、席で寝る人、打ち合わせコーナーで寝る人、
ずっと起きている人など様々であった。

会社は電気も水道も供給されており、トイレも使えるので全く問題はなかった。
ワンセグのテレビのニュースを見ると、都内の駅の周辺などは人がわんさかと溢れかえっており、
どうにも収拾がつかない状態であった。

公共施設などを開放して、帰宅難民などを受け入れるとのことであった。
また鉄道も地下鉄、私鉄は一部動き出していた。

■帰宅
家まで歩くと行って5時半頃家を出た連中から家に着いたとメールが来た。
時間は2:10。8時間半以上かかっている。
それを聞いてもっともっと家が遠い自分は歩かなくてよかったと思った。

しかし明け方になってそろそろ自宅に帰るための作戦を練ることとなった。
JRは朝7時頃から動き出すということであったが、明らかに混乱することが分かっていた。
同じように家に帰れない人が都内にたくさんいるわけだから『電車が混む』なんて
レベルではないことが容易に想像できた。

なので比較的動いている地下鉄を乗り継いで、なるべく家に向かって進むことにした。
となりの駅に住んでいる同僚の人と会社を出発した。

案の定すでに地下鉄も大混乱の状態で、色々と路線を乗り継いですし詰めの状態で
少し進んだところのJRの駅に辿りついた。

しかし7時を過ぎてもJRは動き出しておらず、また駅は人で溢れかえっており
暴動が起きそうなほどみんな苛立っているようだった。

まずは駅を出て落ち着こうということになり、外に出て休んだ。
さらに隣の駅に出れば大きな駅であるため、選択肢が増えるかもということで
そこまでひと駅分あるくことにした。

歩き出すと歩道には結構歩いている人がいた。
あれだけ電車が動かないのだから当然と言えば当然だ。

歩いていたら途中に『団子、おにぎり』と看板に書いてあるお店が早朝にも
関わらず行列をなしていた。
こういう時に一生懸命仕事をして少しでも役に立ちたいと思える人ってほんとにすごいと思った。

次の駅に着くとやっぱり電車は思うように動いていなくて人がたくさんいた。
それでも数分後に途中まで行く電車が来るということで列に並んでその電車に乗った。

これまたすし詰めで時速35kmで徐行運転。
これで進んだ駅は二駅。
そこの駅もまた恐ろしく人が溢れかえっており、ホームから人が落ちてもおかしくない状態。

そこで私鉄に乗り換えようという話になり、そこの駅まで歩いた。
するとすぐに発車するという電車に飛び乗った。
ここでも一つ路線を乗り換えて、やっと自宅のある駅の二つ前まで到達。

そこでもJRは動いておらず、諦めて私鉄に乗ってやっと到着した。
かかった時間は5時間半ぐらい。
意地になってJRを待っていたらまだ帰れなかったと思う。

■実家について
テレビではしきりに原発のニュースが流れていた。
3km圏内は避難命令。10km圏内は自宅待機とのこと。

実家は10km圏内。
しかし、その後実家に電話するも全く通じない状態が続いた。
どうしているのか非常に心配だったが、どうしようもない。

その後姉に確認をとったところ、10km圏外の公共施設に友人と一緒に車で
避難したとの連絡があったそうだ。

とりあえずこれで少し安心した。
しかしその後20km圏外まで避難命令が出た。

おそらく避難していると思われる避難所は20kmは微妙な場所だった。
しかしその後どうしているのかさっぱりわからない。

朝になって姉から電話がかかってきた。
両親は福島市内のどこかにさらに避難したとのこと。
しかし細かい場所がわからない。

■仙台の親戚、友人について
仙台や宮城県内に住む親戚、友人について全く連絡がとれない状態が続いた。
停電が絶望的に続いているため携帯も何もかも使えないのだろう。

ましてや無事なのかどうかすら分からないがそんなことは考えたくもない。

しかし、今朝になって仙台市内の一人の友人からメールが届いた。
仙台駅前近辺だけ電力が復旧したとのことでケータイを充電しながらメールしているとのこと。
洪水地域以外の仙台市内の様子がほとんどわからなかったのですごく心配だった。

しかしその他の人には全く連絡がつかない状態が続いている。

自分と同じく東京に住んでいて実家の町が被災している人がたくさんいる。
学生時代の友人は、町が洪水で飲み込まれてしまって親に未だに連絡がつかないと心配している。

とにかくみんなが無事であることを祈るばかり。


P.S.
地元のみんなへ。
俺たち東北人は我慢強いのが売りだろ!
だから負けるな。諦めるな。
みんなついているから。


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ラベル:地震
posted by ひーちゃんパパ at 18:04| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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