2007年05月07日

出産・・・誕生

救急車が着いて15分後 自分も病院に着いた。
なんかすごい大きな病院だ。
こんなところにこんな大きな病院があったのか、という感じだった。

病院に入ると夜のため真っ暗だったが、ちょうど産院の先生が出てきた。
産科でお母さんが待ってるそうで、お礼を言って別れた。

産科に行くとお母さんがナースステーションの脇の一室で待っていた。
お母さんも不安そうな顔をしていた。

しばらくすると産科の先生が来た。
手には「同意書」と書かれた紙を持っていた。
先生曰く、なるべく出てこないように別の張り止めを打つけど厳しいかもとのこと。
そうなったらもう産むしかないから同意書書いて欲しいとのこと。
赤ちゃんが小さいため上に上がってしまうため帝王切開が必要だそうだ。
しかも普通の帝王切開より大きく、しかも縦に切ると説明を受けた。

そんな説明だけで同意書にサインしろと言われても無理があるが、今はもう一刻の猶予もないらしい。
「また診てくるんでその間にサインしておいてください」と言い残し先生が出て行った。

お母さんと話そうと思ったが、考えて答えが出るわけでもないのでサインした。
またしばらくすると先生が来て「もう産まれそうです。帝王切開します」と言った。
そう言ってるうちに別の先生が来て、「足が出てきてる」と言った。
「もう下から出します。」と言い残し先生はまた出て行った。

5分ぐらいすると先生がやってきた。
「もう赤ちゃんは出ましたよ。でも胎盤は出てないからもう少し待ってね。」と言った。

え・・・・。お母さんも自分も何がなんだか分からない。
赤ちゃんは助かったの?生きてるの?嫁さんは・・??

さらにしばらくしてナースの方がやってきて、「赤ちゃんは生きてます。新生児科で詳しく状態を検査するので分娩室で待っていてください」と言って分娩室に連れて行ってくれた。
手洗いをし、上に浴衣みたいなやつを着せられ二回も履物を変えた。

すると嫁さんが分娩台に寝て点滴を受けていた。
自分たちの顔を見て少し安心したようだった。
嫁さんもあまり状況を把握できていないらしい。
赤ちゃんはぐったりして出てきて泣きはしなかったよと聞いた。

1時間ほど待って入院する病室に移った。
さらに一時間ほど待って新生児科から呼ばれた。
もう夜中だったがそこでいろいろな説明を受けた。
赤ちゃんは623g。産声はあげなかったが挿管し呼吸器で呼吸しているそうだ。
また未熟児にまつわるいろいろなリスクを抱えていることを説明された。
未熟児網膜症、黄疸、動脈管開存症・・・でも半分ぐらいしか耳に入ってなかった。
投薬、輸血に関する諸々の同意書にサインした。

そして赤ちゃんに面会することになった。
赤ちゃんはNICUというところに入っていると説明された。
肘まで手を洗って消毒して浴衣みたいなのを着てNICUに入っていった。

初めてこんなに小さな赤ちゃんを見た。
その小ささがすごくショックだった。
一人目の子の時、3000gの赤ちゃんでも相当小さく感じたがその比ではない。
何せ623gだからだ。
赤ちゃんというよりは本当に胎児という表現がピッタリに思えた。
すごくショックだった。
でも手も足も指も全てちゃんと付いている。
がんばって生きている。
自分がへこんでいる場合ではないと思った。

これからどうなるんだろう。
その不安はまだまだ拭えないままその日は病院に泊まった。
タグ:出産
posted by ひーちゃんパパ at 16:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

転院・・・搬送

転院する病院は、自宅からでも実家からでも1時間弱はかかる場所にある。
でも今はそんなこと言っている場合じゃない。

救急車が来るまでに慌てて準備をする。
3週間も入院していたから荷物が結構ある。
保険証が必要・・・って嫁さんのお母さんが持っていることが判明・・・。

慌てて電話して来てもらうことにした。
今から転院になると、お母さんも自分もテンパっててわけがわからない状態だった。

ナースの方が手早く荷造りしてくれて、最後まで励ましてくれた。
別の先生が新しい病院の地図を印刷してきてくれた。
ほんとにありがたかった。泣きそうでした。

お母さんが到着して程なくして、救急車が到着した。この間5分程度。

嫁さんを救急車まで運ぶことになった。
外は雨が降っている。

簡易式の担架で運ぶことになったが人手が足りない、とのことで頭の側を自分が持つことになった。
嫁さんを励ましながら救急車までなんとか運んだ。

一人救急車に一緒に乗って欲しいとのこと。
でも入院の荷物を持ってあとから誰かが行かなきゃいけない。
病院まで高速を使うので運転のことを考えてお母さんに一緒に乗ってもらった。

自分は強風と雨の高速道路を後から追いかけた。
車内では一人でほんとに不安で不安で仕方がなかった。
でも神様でも仏様でもいいから誰か嫁さんと赤ちゃんを助けてくださいとずっと祈っていた。
たぶん声に出して祈っていたと思う。
posted by ひーちゃんパパ at 15:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

急変・・・そして

原則26週を越えないと受け入れてくれないはずの病院だったが、なんとか24週で受け入れてくれることが決定した。

ゴールデンウィークはわたしの実家にゆっちゃんと二人で帰省した。
ゴールデンウィーク最終日、ゆっちゃんを連れてお見舞いに行った。
「帰ってきたよ〜〜」と病室に入っていったがなんか様子がおかしい。。。

嫁さんが午前中からお腹が張るというのだ。
しかも10分おきに。。。
それって陣痛じゃ。。。と言いそうになったが言えなかった。。。

先生も来て新たに張り止めを投与すると言った。
かなり後ろ髪を引かれたが一度嫁さんの実家に帰った。

いつもであれば夕飯をごちそうになって帰るのだが、その日はどうしても嫌な予感がしてそわそわしていた。
午前中の嫁さんの様子が気になっていた。

そこでもう一度病院に寄ってから帰ると言って実家を後にした。
病院に着いたらもっと状況は悪くなっていた。
痛みが5分間隔になっているというのだ。
あと3日耐えれば転院できるのに。。。
というのにこれはダメかもしれない。その時はそう考えていたと思う。

外は大雨と強風で嵐のような天気だった。

先生がまた病室に来て、今度は「ほんとにまずい状態です」と言った。
「今から受け入れてくれる病院を探します。」と言ってくださった。
転院する予定だった病院は満杯で断られたそうだ。
別の病院を当たってみるという。

夕方になっても状態は変わらなかった。
これからどうなってしまうのだろうか。もうダメなのだろうか。
そんなことばかり考えていたように思う。

そんな時先生が病室に来て、「受け入れてくれる病院が見つかりましたよ!今から救急車が迎えに来て搬送しますから。」と言った。

嫁さんも自分も少しホッとしたような何か不思議な気持ちだったと思う。
posted by ひーちゃんパパ at 14:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

命の選択

23週を迎える頃にお見舞いに行った時に先生が病室に尋ねてきた。
嫁さんの状態があまり良くないようだ。

いつ破水するか分からないそうだ。
もちろん張り止めなどできる投薬は行っているとのこと。

ただ、ゴールデンウィークを前に決めなきゃいけないことがあると言われた。
今の23週の状態で「もし破水した場合、どうしますか?」と聞かれた。
「どうしますか?とはどういうことですか?」と聞き返してしまった。

要するに助けますか、あきらめますかという質問であった。
質問の意図が掴めずドギマギしていたら、先生から説明があった。

もし破水した場合、この産院では週の浅い今の状態の赤ちゃんを助けることができないというのだ。
そのためそれなりの設備のある総合病院に転院する必要があるというのだ。
ただし、基本的には26週を越えないと受け入れてくれる病院は少ないという。
もし助かったとしても障害や未熟児医療で親子共に苦しい思いをするかも知れないとも言われた。

この質問にはどうしても「あきらめる」という選択肢は考えられなかった。
でも正直言って頭の中ではもしそうだったらどうするんだろうと考えたりもした。

ひーちゃん、一瞬でもそんなことを考えたパパを許してください。
posted by ひーちゃんパパ at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院生活3

嫁さんが入院している産院は一人目の子供を産んだ産院だ。
小奇麗で料理がおいしいなどという特典がある、今どきの産院だ。

それでも寝たままになってしまい食事もなかなか難しいみたい。

先生は穏やかな口調でしゃべる方だ。
はっきりと物申す方ではないので内容がよく分からない時があるが、ズバッ!と言われると固まってしまううちの嫁さんには先生が合っているような気がする。

上の子は4歳で「ゆっちゃん」と言う。
ゆっちゃんはママが入院してることをどう思っているのだろうか。
普段は結構困らせることを言うが、こういう時はなかなか言うことを聞いてくれる。。。

周りの状況の変化を小さいなりに感じ取っているらしい。
あまり甘えたり無茶な事を言わなくなった。
なかなか寝たきりのママにも近寄らなかったりする。

通い始めたばかりの幼稚園もたまに行くぐらいだが、文句一つ言わない。
土日は自分がみて、平日は嫁さんの実家に預かってもらっている。
そういう意味ではゆっちゃんが一番振り回されている。

いろいろ我慢させてしまってごめんね。
パパもママもいつもあなたの事を考えているよ。
posted by ひーちゃんパパ at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院生活 2

うちの嫁さんは血管が細いらしい。

入院して24時間点滴を打ちっぱなしであるから、たまに刺す場所を変えてやるらしい。
でもいざナースが刺し変えると、ちゃんと血管に入らず腫れたり痛くなったりする。
そのせいで腕は傷だらけで部分的に変色していたりした。
プロでも難しいのだなと思った。こういうことは今回が初めてではない。
痛そうだった。よく我慢してくれたと思う。


一週間がとても長く感じた。
お腹の赤ちゃんのためには、一日でも長くお腹の中にいて欲しい。
でも嫁さんの長い入院生活は続いてしまう。

23週に入りとうとうカテーテルを入れた。
これで本当に身動きが取れなくなった。

そんな折、産院のナースの方々が嫁さんの髪を洗ってくれたらしい。
しかも、寝たままで洗うための器具を自作してきたらしい。
嫁さんはとてもとても感激していた。
そんな時、ナースは天使に見えると言っていた。
posted by ひーちゃんパパ at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院生活

入院生活は辛そうだった。というか暇そうだった。

最初の一週間は特に長く感じたらしい。
「トイレにも立たせたくないぐらいだ」とか「極端な話、赤ちゃんが出てこないように逆さまにしたいぐらいだ」とか言われたらしい。

その位安静が必要だとか。 お腹の張り止めやら何やら点滴を24時間打っていた。
何しろ夜中に点滴がなくなると機械が「ピィィィィィィ〜〜〜!」と鳴って起こされてしまうらしい。
ちょっと疲れが溜まっているようで心配だった。

うちの嫁さんは精神的に強い方ではない。
だから「もうダメかも。」とか口にしたりする。しかし至って真面目なため「でも自分がしっかりしなきゃ。」とか言って自分を鼓舞して、
モチベーションを保っているようだった。そういう妻の真面目でがんばり屋なところが好きなところだ。

自分も表面的には平静を装って妻を元気付けてはいたが、内心結構へこんだりもしていた。
へこむというよりはこの先どうなるのだろうという不安が大きかったのだと思う。

見ているだけの自分でさえこう思うのだから、本人の悩みはこんなものじゃないのだろう。
妊婦の皆さんはこんな不安と常に戦っているのだなと少し実感した。
posted by ひーちゃんパパ at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院まで

産まれるまでを少し振り返ってみようと思う。
ひーちゃんは自分にとって二人目の子だ。
一人目の時は土日に嫁さんと一緒に産院に行く時は必ず一緒に通っていた。

今回も同じ産院だったが、やたら平日に産院行っていたために一緒に通うことができなかった。

そんなこんなで20週を迎えた土曜日、やっと一緒に産院に行けることになった。
一緒にエコーを見て、先生も「う〜ん、問題ないね〜、元気だね〜」と言っていた。一安心。
あとは内診なので「先行ってるわ」と言い、待合室に一人戻りテレビを見て待っていた。

しばらくすると嫁さんが青ざめた顔で出てきて自分を呼んだ。
「流産するかもしれない。。。どうしよう。。。」なんのことだかさっぱり分からず一緒に先生の話を聞いた。
「子宮頚管無力症で切迫流産の危険があります。」と言われ、絶対安静であると言われた。
起きてはいけないそうだ。

結局その日のうちに即入院。「なんとか26週まで持たせたいね」と先生が言った。
えっ、6週間ってこと?。。。。そんなに入院するのか。。。。

この時点は先のことも終わりも見えない状態だった。
この日から妻の「点滴を打ち続け寝たきり」の生活が始まった。
posted by ひーちゃんパパ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 産まれるまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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